宮城県沖でM8.8、観測史上最大という大地震が起きてしまいました。
亡くなった方や行方不明者も合わせると、1800人を越えるのは確実な状況です。
ニュースでも繰り返し報道されていますが、家や車がまるで紙で出来た玩具のように押し流されてゆくのは 何ともショッキングな映像でした。
高台に無事逃れる時間があった人は まだ幸いだとも言えるのでしょうが・・・自分達の生まれ育った街が濁流に呑まれて 瓦礫の荒野と化してゆく様を、息をのんで見つめるしかない気持ちは 察するに余りあります。
そして、目の前で何人もの人が流されていたり 大規模な火災が発生しているのに そこへ近づく事すら出来ない状態で、救助に向かった方々も 断腸の思いで居られると思います。
地震大国であり 昔から津波の被害も幾度となく記録されてきた日本ですが、これほど生々しい映像として 危険性や悲惨さが世界中に伝えられたのは 初めての事なんじゃないでしょうか。
現地ではまだまだM6クラスの余震が続き、福島第一原発では チェルノブイリと同じ炉融メルトダウンの危険性も 今だに回避されていない状況です。
専門家ですら意見の食い違いや 情報の交錯があるという時点で、これもリスク管理や基本対応はもちろん 設置場所・設計自体の疑問から原発の存在そのものまでが 再度問われるべき問題になっていると思います。
津波で壊滅状態になったあと あちこちで火の手が上がり、街全体が火の海になっている様は 16年前の阪神淡路大震災の惨状を思い起こさせました。
あの時は僕も被災者の一人でしたが、幸いにも水道やガスが止まる中での生活を 暫く余儀なくされた程度で、家財や身体にも深刻な影響はありませんでした。
まだ町中が焦げ臭い瓦礫だらけで 電車も途中の駅までの折り返し運転を再開したばかりの頃、神戸の保育園や教会などを 激励演奏で回っていたことも 鮮烈に思い出します。
ちょうど同じ頃、松村組も誕生し 避難所での和太鼓演奏を始めていた訳ですが、本当なら今頃はメンバーと一緒に 福島県で太鼓フェスティバルに参加していた筈でした。
直前にこの大震災が起こり、まだこれほどの大惨事になっているという情報自体が 断片的にしか入って来ない中、結局出発の準備すら出来なかったのですが・・・。
フェスティバルが開催されるのかどうかなんて些細な問題以前に、当然現地に近づく事さえ出来なかった訳ですね。
でもほんの一日違いで巻き込まれていたのは確実ですし、知り合いが居る居ないに関わらず 過去の震災経験と共に決して他人事ではありません。
もしかしたら被災者の中には、我々の演奏を聴きに来て下さる筈だった方も 何人か含まれているに違いないのでしょうし。
これだけの大災害の中、仕事やボランティアなどで何らかの役に立てる人の方が 圧倒的に少ないのは当たり前なのかも知れませんが・・・例え微力だと判っていても、何か出来る事は無いのかと考え込んでしまいます。
こんなことなら現地に着いてから巻き込まれて、何が出来るのか周りをリアルタイムで見渡せた方が良かったな・・・。
尤も、我々の演奏なんて 必要な段階でも何でも無いんですけど。
《渡部勝喜blog「風の大地」
http://intiwatana.blog96.fc2.com/より転載》